2007年02月09日

百貨店な人々5「お金持ちに遭遇した日」

百貨店の外商は「個人外商」と「法人外商」に分かれている。私が担当していたのは「個人」のほう。勤めていた百貨店の場合、「外商カード(いわゆるデパートのハウスカード)」を作れば誰でもとりあえずは「外商会員」になれる。いちおう審査はあるものの、基準は一般的なクレジットカードとまったく同じ。

なぜ外商会員になるための条件(たとえば年収1,000万円以上とか)を課さないかというと、それら年収・職業などのデータは実際の現場ではなんの役にも立たないからだ。というのも、金持ちだからといって買い物好きとは限らないし、逆に、データからはとてもVIPに思えない人でも上得意様になったりするケースが多いから。もちろん素性データはある程度の参考にはなるが、やはり実際に訪問して会ってみないと分からない。

私の担当する外商会員数は千件を超えていたが、そのうち真の意味で「VIP」と呼べる人は10名にも満たなかった。ここでいうVIPとは、「外商員の頻繁な訪問によるプレッシャーをものともせず、毎月コンスタントにポンッと数百万円の買い物が平然とできちゃう人」のことだ。このような人たちの買い物の仕方は、我々一般庶民とは大きくかけ離れていた。新人のときはそのギャップにとまどうことも少なくなかった。
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外商部に配属されて3日目。新しく担当になったあいさつを兼ねて、ある会社社長宅へ訪問することになった。「あそこの奥様は時計が好きだから、何本か借りていけ」という課長のアドバイスどおり、ジュエリーがちりばめられたキンキラキンの腕時計を売り場で10本ほど見つくろってもらった。ちなみに高額品を店外へ持ち出すときは商品一つひとつに持ち出し伝票を作成しなければならない。紛失したら・・・もちろん弁償だ。腕に抱えたスーツケースの中には、総額1千万円相当の宝飾時計がつまっている。ドキドキする。強盗が襲ってこないか周囲をキョロキョロしつつ外商車に乗り込み、いざ出発。

VIP宅では奥さんの気さくな人柄にも助けられ、無事に型どおりのあいさつを済ませることができた。しかし、なかなか商売の話を切り出すタイミングがつかめない。すると、奥さんの方から「なに持ってきたの?」とゴツいスーツケースを指さしてくれた。「そ、そうなんです!じつは新作の腕時計をお見せしたいと思いまして・・・」。奥さんは慣れたもので、「見せてちょうだい」と乗り気な様子。さっそく総額1千万円分の時計が入ったスーツケースを開ける。奥さんは「ふーん」といった風情でまばゆいばかりのキンキラ時計を眺めている。すると、まだ5分も経っていないのに「じゃあ、これ置いていって」と1本の腕時計を指さした。

「え!?」。彼女が選んだのはなんと、これでもか!とフジツボのようにダイヤがくっつきまくっている380万円のシロモノだった。「・・・いいんですか? いいんですね?」。何度も確かめる私にけげんそうな表情を見せながら奥さんはいった。「なにか問題でもあるの?」「いいえ!」。これは売り場での話ではない。玄関先でのことだ。町内会費380円を払うかのごとく、ごく普通に380万円の買い物をしてしまうさりげなさ。このときつくづく思った。「金持ちって、本当にいるんだ」と。

新人の外商員は「一般庶民社会」と「金持ち社会」を行き来しているうち、少なからず金銭感覚がマヒしてしまう。ふだん「のり弁当」か「のり弁当デラックス」にするかコンビニで小一時間ほど悩む生活をしている人間が、VIP宅では「奥さん、これすごくお安くなってますよ」なんていいながら200万円のジュエリーをすすめたりするのだ。何がなんだかわからなくなってくる。

ある日、自分のスーツを新調しようと紳士服売り場へ行ったときのこと。気に入った商品があったので値札を見ると14万円だった。「ああ、これなら安いな」と販売員に手渡しかけたそのとき、ハッと我に返った。「バカバカバカ俺のバカ。なんで14万円が安いんだよ。自分の月収かんがえろよ!」。いつもVIP顧客相手に50万〜100万円ぐらいする高級フルオーダースーツを売っているだけに、14万円のスーツが「安い」と錯覚してしまったのだ。自分の買い物なのに・・・。あやうくお買いあげしてしまうところだった。ぺーぺーの新社会人が百貨店で、しかもアル○ーニのスーツを買うなんて100年早い。洋服のア○ヤマのツーパンツスーツ19,800円でじゅうぶんなのだ。

テレビや映画の中だけに存在していたホンモノの「お金持ち」に接するたび、自分の生活がなんとも侘びしく感じられたものだ。いつか向こう側の人間に、と思いつつはや十ウン年。「ぢっと手を見る」暮らしは一向に変わらない。
posted by ingweb at 19:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 百貨店な人々
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