2007年01月25日

コンビニとともに生きた男。

現代人の生活にかかせない「コンビニエンスストア」。その存在は空気と同じくもはや当たり前すぎて、半径100m圏内に店がないだけで「不便」に感じてしまうほど。

ある仕事の関係でコンビニの歴史を調べたところ、驚くべき事実が発覚してしまった。それは、私が子どものころ頻繁に通っていたお店が「日本のコンビニ第2号店」であったことだ。その店の名は「ココストア藤山台店(1971年開店・愛知県春日井市)」。幼稚園のころから高校生ぐらいまで、連日のようにアイスやお菓子や少年ジャンプを買いに出かけていたものだ。

コンビニ業界といえば、今や小売業の中核をなす巨大産業。その数は全国で4万店をゆうに超え、一ヶ月の来店客数はなんと延べ9億5千万人というからびっくりギョーテン!(平成18年12月度の来客数・社団法人 日本フランチャイズチェーン協会「コンビニエンスストア統計調査月報」より)

そんな超巨大産業に成長したコンビニエンスストアが日本にわずか2店舗しか存在していない時代、私は多くの日本人に先駆けて「コンビニ体験」していたことになる。幼稚園児でありながら、「ものすごく最先端な経験」をしていたのだ! このエキサイティングな事実を知ったとき、感動せずにはいられなかった。今日は朝から会う人すべてにこのことを話したが、「だから何?」という反応が大半であったのはなぜだろう。

ちなみに日本のコンビニ第1号店は、1969年開店のマミー豊中店(大阪)。現在の業界最大手「セブン-イレブン」の1号店は、その5年後の1974年開店。じつはこれを「日本型コンビニエンスストアの1号店」とするなど、「日本初」については定義や解釈によって諸説存在するらしい。

ところで当時のココストアはどんなカンジだったかというと、看板やロゴのデザインは現在と当然かわっているが、お店のつくりは今(のコンビニ全般)とほとんど変わりなかったような記憶がある。ただひとつ憶えているのは、雑誌のラックとアイスのケースが店の外に置かれていたことだ。このため雑誌やアイスを購入する際は、入店する前に手にとっておかなければならなかった。なぜなら店内で他の商品を手にしたままアイスを選ぶため店外に出ると、万引き少年に間違われてしまうおそれがあったからだ。子どもなりに気を遣っていたのである。営業時間はたしか夜の8時か9時ごろまでだったような気がする。それでも当時としては「かなり遅くまであいてる店」という認識があった。

コンビニの“生き証人"として、その発展とともに成長した私。これからはそんな自負を持って人生を歩んでいきたい
posted by ingweb at 17:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事現場から
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