ちなみに公文式では、生徒の年齢・学年に関係なく各自の「学力」によって課題のレベルが決定される。小学1年生で早くも中1レベルに達している優秀な子もいたし、私のように実学年以下のレベルで四苦八苦している落ちこぼれもいた。入塾当初は誰でもかなり低いレベルからのスタートとなるので、教室での課題も宿題も難なくこなすことができ、プリントのレベルもどんどん上がっていった。確かに始めのうちは楽しかった記憶がある。しかしレベルが上がるにつれてだんだん課題の内容も難しくなっていき、徐々に宿題をさぼり始める(親に怒られるのを恐れて教室にはきっちり通う)。こうなったらもうオシマイ。宿題は高金利の借金のごとくみるみるうちにふくらんでいき、取り返しがつかなくなるのだ。
念のためにいっておくと、「取り返しがつかなくなった」のは私の資質の問題であって公文に責任はない。徐々にレベルを上げていく公文式に即効性(全国模試対策とか)はないかもしれないが、着実に基礎を固められるという点ではいちばん優れているかもしれない。ただ、レベルを上げていった生徒が壁にぶち当たったときのフォローが手薄だったような気がする。とはいえそれは20数年前の話。システムも改良されているだろう。今夜は公文の夢を見ないことを祈る。


















