当たり前だけど、私たちが広告をつくるうえで盗作やパクリはぜったいNGだ。ただ、広告の制作途中あるいは出稿した後、過去に似たような表現を含む広告が存在していたのに気づいて「ヒヤッ」とすことはある。たとえ法的には問題がないとしても、盗作を疑われるような表現はできる限り避けなければならない。なぜなら我々ではなくお客さま(広告主)が、消費者から「パクリ」のレッテルを貼られてしまうからだ。
今回の場合、男性歌手が「意図的に表現を盗んだ」とは多くの人が思っていないだろう(たぶん)。だけど、「時間は夢をうんぬん・・・」の表現を「先に世に出したのは巨匠」であり、これはまぎれもない事実。創作の世界は「先手必勝」なのであり、たとえオリジナルで創作したとしても、たとえ自分史上最高の出来であったとしても、過去に同じような表現が存在していることがわかった時点でその作品なりアイデアはお蔵入りとなる。世に出しちゃってから類似表現の存在に気づいた場合は、「オリジナルで制作したのですが、たまたま似てしまいました。ごめんなさい」と“先人”に対して素直に敬意を払うべきだろう。
偶然似てしまうことは少なからずあり得ることだし、過去のすべての表現を一字一句くまなくチェックしてから世に送り出すなんて不可能だ。だからといって「たまたま似てしまったけどオリジナルなんだから問題ない!」という姿勢も許されないと思う(某アイドル歌手のような歌詞丸ごとパクリは論外だけど)。「盗作か盗作じゃないか」という視点で裁判にかかれば「盗作ではない(証拠がない)」という結論になるのは目に見えている。だけど、それで「男性歌手の勝ち。一件落着」としてしまっていいのかな。
マッキー・・・いや、男性歌手の気持ちもわからないではない。シンガーソングライターが「盗作者」の汚名を着せられるほどの屈辱はないだろうし。だからこそ問題が発覚した時点で、(先に世に出した)松本氏・・・いや、巨匠に対して素直に敬意を表しておくべきだったのだ。「意図的盗作」でないことはみんな知っているし、巨匠自身も当初は「故意に盗作したわけではないにしても、敬意は払ってほしい」というような趣旨の発言をされていた(記憶が曖昧だけど)。
和解する機会はいくらでもあったはずなのに、なぜここまでこじれてしまったのか。その最大の原因は男性歌手でも巨匠でもなく、やれ盗作だパクリだと煽りまくったマスコミにあるような気がしてならない。












