百貨店に入社して半年。外商員として一連の仕事の流れがようやくわかってきた秋の日。ある建設会社の社長からゴルフコンペの賞品を揃えるよう依頼された。建設会社といっても大手ではない。社長いわく「工務店に毛が生えたようなもの」だという。それでも従業員を60人も抱えているというからたいしたものだ。
さて、オーダーの詳細は・・・「総額で税込み150万円以内。各賞ごとの金額配分と賞品の選択はおまえに任せる」というものだった。ノルマノルマノルマの地獄のエブリデーの中、久々におもしろそうな仕事だ。さっそく百貨店内を一巡して、まずは候補となる商品のリストアップ。優勝から参加賞まであわせると全部で20の賞があり、金額を勘案しながら賞品を選ぶのはことのほか難しかった。

社長の奥さんの「コンペに参加するのは男性がほとんどだけど、賞品は奥さんへのおみやげになるものが喜ばれる」というアドバイスに従い、とくに下位の賞はもらっても無駄にならない生活必需品や食品を中心に選んだ。優勝賞品はかなり迷ったが、じぶん自身ひと目みて欲しいと思ったイタリア製の一人がけカウチソファに決めた。
総額は税込みで1,501,000円。予算は150万円といわれていたが、まあ、1,000円ぐらいのオーバーなら構わないだろう。さっそく賞品&価格リストを持って社長宅へ伺った。日曜日の午後ということもあり、社長はすでにお酒が入っているようだ。いつもは多くを語らず気むずかしい印象だが、きょうはゴキゲンな様子でひと安心。応接間に通されると、ほどなく奥さんがコーヒーを運んできてくださった。
ちなみにこのコーヒー。非常にありがたいのだが、お客さま宅へ訪問するたびにコーヒーが出るため、一日に10杯以上飲むこともある。外商員の常識として、出されたものはたとえ青汁だろうとなんだろうときっちり飲み干さなければならない。この日もすでに5杯コーヒーをいただいていたが、そのような表情をおくびにも出さず一気に飲み干す。
「社長、ゴルフコンペの賞品リストです」。「よし、見よう。・・・お、このイスいいねえ」。社長は開口一番、優勝賞品であるイタリア製一人がけカウチの資料写真を見ていった。よし、つかみはOK。社長は上位の賞品以外は興味がないようで、リストにざっと目を通すと「ま、いいんじゃないか」とひとこと。ああ、よかった。さっそく店に帰って正式に手配しなければ。おいとましようとひざを上げかけたそのとき、「・・・おい、ちょっと待て」と怒りを含んだ低い声。ドキ・・・やばいな、何か気にくわない賞品があったのかな。やはりブービー賞のセクシー下着詰め合わせはやりすぎたか。
「これなんだ」と、社長が示したのは総費用の数字だった。「俺は150万円以内といったよな」。それは私もわかっていた。だけど、1,000円ぐらいのオーバーはどうってことないだろうと高をくくっていたのだ。「おまえ、1,000円ぐらいと思ってないか」。「いえ、そのようなことは・・・ハイ!1,000円値引きさせていただきます!」。しかし社長の顔はますます赤くなっていき、怒りが沸点に達しそうなのは明らかだ。「あわわ・・・あの、148万円に値引き・・・」といいかけたそのとき、「そういう問題じゃねえ!!」ついに沸騰。「ひえーーー」。
社長いわく、こんな小さな企業だからこそカネに関してシビアにならないといけない。一度役員会で予算を決めた以上、1円たりともオーバーは許されない。1,000円というカネを捻出するのがどれほどたいへんなことかわかるかうんぬん・・・。と、いうようなことをおっしゃってたような気がするが、社長のあまりの剣幕にほとんど記憶がない。
あらかじめ示された金額をオーバーした見積もりを出すなんて、いま思えば非常識極まりない行為だ。だが、当時の私は社会常識の「し」の字も知らない“アマチュア社会人"だったので、このような失敗を数多くしでかした。納品時間に1分遅刻しただけで「出直してこい!」と怒鳴られたこともあるし、入社早々のあいさつまわりの際、名刺の渡し方が悪かったというだけで上司を呼び出されたこともある。
勤めていた百貨店は基本的に「社会人としてのマナーは実地で身につけていく」という方針をとっていた。このため、新入社員はお客さまに罵倒されながら一つひとつ「社会人としてのマナー、常識、ときにインサイドワーク」をカラダに刻みつけていく。お客さまから怒られた経験はいい意味で(?)トラウマとなるため、その後おなじ失敗を繰り返すことは二度となかった。だから今では、当時の若い自分を本気で叱ってくれたお客さまたちに心から感謝している。もしもあのときお客さまが私に対する怒りを我慢していたとしたら、いまだに同じ失敗を繰り返していたに違いない。
翌朝一番、社長は会社に私を呼びつけた。私は内心、ゴルフコンペ賞品の注文キャンセルを覚悟した。すでにその月の目論見予算に入れていたので、月末時点でのマイナス150万円は痛すぎる。でも、明らかにじぶんのミスなのだから仕方がない。「失礼します!」社長室に入ると、社長はイスに腰掛けたまま上目遣いに私を一瞥した。「あのイタリア製のソファ、個人的に欲しいから至急届けてくれ」。予想外の言葉に二の句が継げない。「・・・は、はあ」。あっけに取られている私を無視するように社長はいった。「コンペで優勝して二つ手に入ったら、かみさんにくれてやるよ。ガハハハ」。・・・これにて一件落着・・・なのかよくわからない23才、ある秋の日であった。
posted by ingweb at 16:08
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百貨店な人々